先日Google wave追悼会が行われたらしい。
昨年5月に発表・公開されてから、一般ユーザーにちょっと公開されたと思ったらあっという間に開発が中止されてしまった(*1)。
俺自身はGoogle waveはベータテストも含め一切使ったことがないので、wave自身がどうこうというのは詳しくは無いのだが、waveにはかなり期待していたところがあるだけに開発の中止はとても残念である。
今現在のインターネットにおける個人対個人のやりとりの主な手段はメールであるが、Google waveにはこの電子メールを置き換えるだけの能力があるのではないかと思っていた。
電子メールはシステムとしてはそれなりにうまく動いているように見えるが、スパムはすごいし、メール1つ1つがセッションレスなのでメールとメールの関連がわかりにくく情報を探し出すのが大変で(*2)、メールを相手が読んだかどうかが分からない(*3)(*4)など、システムとして使いにくい部分も多い。
そろそろ個人対個人のやりとりに用いるためのメールにかわる何らかのシステムが必要なんじゃないかと思っていた。
過去にもメールの置き換えを狙ったソリューションは出てきているが、主に社内ネットワーク向けの有料製品であったりと結局一般に普及することは無かった。
しかも、その社内ネットワークでもそれらソリューションが一般に普及することなく、電子メールが使われている状態である。
なかなか登場・普及しない電子メールの代替えシステムだが、Google waveは電子メールと同じような使い方ができるだけでなく、リアルタイムコミュニケーションやコミュニケーションの履歴を追えること、複数の人間でのやりとりが可視化できること、電子メールに比べて情報の整理がしやすいことなど電子メールの問題を今の時代に即して解決しようとしていたこともあって、将来的に電子メールの代替えシステムになるのではないかと思っていた。
何よりもGoogleという超大手が提言したこととオープン・無料であることもあって、電子メールの代替えシステムを普及させようとする場合の最大の障壁である(と個人的には思う)知名度のなさも全くなかっただけに、少なくとも今までの電子メールの代替えシステムに比べれば圧倒的に代替えになり得るのではなろうかと見ていた。
けれど、現実にはGoogle waveは普及することなくあっという間に終わってしまった。
Google waveの敗因はユーザーが既存のシステムで十分やれていると見なしてしまってしまったからだろう。
プライベートなやりとりなら電子メールとIM、パブリックな議論ならメーリングリスト・掲示板・Wikiなんかで十分足りているし、それらからwaveに乗り換えるだけのモチベーションがユーザにはなく、かつwaveがそれらにはないメリットを提供できていなかったのだろう。
仮にメールが未だにスパムを解決できず、フォルダでメールを整理という旧来の手法でしか整理できなかったとしたら、メールの不便さからGoogle waveへの普及は進んだかもしれない。
しかし、GMailの登場を境にスパムは一般的な問題として取り上げられることはほとんどなくなり(*5)、GMailがメール整理の手法にラベルと検索という新しいやり方を発明・普及させたことにより、メールを探し出すことと整理することはもはや問題ではなくなった。
この意味でwaveにとってGMailが競合したことが、waveにとって最大の障壁だったという見方もできる。
個人的にはGMailが無い世界で、waveが登場していたら電子メールは近い将来無くなることも可能性としては十分にあったのではないかと思う。
エリック・レイモンドが以前、Unixの代替えとして開発されたPlan 9が普及しなかった背景について以下のように述べていた。
Plan 9が失敗したのは単に、Unixがそれ以前のシステムを凌駕したほどPlan 9は注目に値する改良ではなかったからである。Plan 9に比べるとUnixはガタピシ言って錆付いたところもあるが、与えられた仕事はちゃんとやっており、現在の位置に留まるだけの資格がある。野心的なシステムアーキテクトへの教訓がここにある。よりよいソリューションにとって最も危険な敵は、すでに存在する十分うまく動作するコードベースである。
Plan 9にとってUnixがそうであったように、waveにとってGMail(や電子メール)はすでに存在する十分うまく動作するシステムだったのだろう。
*1 サービスの停止はまだ先
*2 何度もやりとりしたメールには、引用符が大量についていて読みにくいことも多い
*3 相手がメールを読んだことが分からないことが実用上利点でもある部分も多いが。「そのメール読んでません」は現実世界において相手の言い分をスルーしたい場合の最も有効な言い訳の1つである。
*4 メールの開封確認をする機能もある(RFCで定義済み)が、一般的にはほとんど用いられない。しかも相手が開封したことを確認するメールが飛んでくるだけである。
*5 ほんの2年くらい前まで、IT系のニュースサイトにはベイジアンフィルタの記事や、メール全体のうちスパムがトラフィックの大半を占めるなどといった記事を目にすることが多くなったが、ユーザがスパムを目にしなくなるとこの手の話題を見かけることは激減した。
Togetter - 「何で「研究したくない人」が大学院に来ているのか,まとめ」
かくいう私も研究者を目指していないにもかかわらず大学院に進学しちゃったくちなのですが。
そんな私が思うに、大学で専門の勉強をしてみると「まだまだ自分の知らないことがたくさんあるのが分かるし、自分でもそれら領域に手が届かなくもないんじゃないか」と思う矢先に、社会に出て勉強をあきらめるか院試を受けるかどうかの選択肢が提示されたら大学院を選択しちゃう人も多いでしょってことだと思う。
加えて、博士になるなら研究者を目指す以外の合理的な選択肢というのはほぼ存在しないが、修士くらいならば研究者を目指していない人もいることを教員側は分かっているし、分野によっては修士を取っておいた方が就職にも有利であったりと研究者を目指す以外でも院への進学に対する一定の合理性もある。
そういう訳で個人的には、研究者を目指さないまでも向学心にあふれる人に対して少なくとも修士への道は閉ざすべきではないとは思う。
事実、修士の2年間で身につけた基礎知識や問題解決に対するアプローチのやり方なんかは、今になっても生きている。
まぁ、いかにも2年間モラトリアムを延長しましたみたいなのもいっぱいいたりするので、私ですらやってらんねーなと思うことは多かったけれど。
コメント(3)
それはPC業界を支配しているのが、IntelでもMicrosoftでもなく、"開発コミュニティ"だからだ。開発者のマインドが変化すると、どんなに 優れたプラットフォームを提供する企業でも、その流れには逆らえない。
MicrosoftがWindowsでPC業界を支配できるようになったのは何故かと言えば、(細かな話は抜きにすると)開発者たちに支持を受けたからだ。なぜ開発者に受け入れられたのかと言えば、コストパフォーマンスの高いハードウェアに、手頃なOSと開発ツールを提供したからだ。
Microsoftは今よりも小さな会社で、充分に洗練された開発の枠組みを提供できていなかったし、新たに投入していく技術も"手頃だ けど理想には遠い"ものが多かったけれど、使って文句を言っているうちに、少しずつ使えるものになっていった。
上記が正しいならば、成功するプラットフォームにはクールな開発ツールには欠かせないということになるのだが、確かに成功するプラットフォームの開発環境というのは優れたものが多い気がする。
PS3が不調なのって実のところ、開発の難しさを開発環境が吸収し切れていないことに一端があるのではないかと思う。
Cellプログラミングって、どうみてもマゾとしか思えない。
Togetter - まとめ「エロゲの割れ対策として、オンラインゲーム化はダメなの?」
Togetter - まとめ「エロゲの割れ対策として、オンラインゲーム化はダメなの? その2」
エロゲは1本の販売に対し、ファイル共有ソフトなどで10本程度ダウンロードされているという、正規ユーザー率が1割を切るほどのヒドイ状況らしい。
そんなエロゲの不正ユーザー対策として、エロゲのオンラインゲーム化(クラウド化)についてTwitter上でのやりとりをまとめているのが上記のリンク。
現状のエロゲの不正ユーザー対策
今までエロゲ業界の中の人ももちろん不正コピー対策を全くしていなかったわけではなく、主にディスクプロテクトという形で対策をしてきた(*1)。
しかしこのディスクプロテクトは事実上有効に機能しておらず、ディスクプロテクトそのものを回避したディスクイメージをファイル共有ソフトにアップしたり、プロテクトを無効にするパッチを一緒に配布したりしているようだ(*2)。
この状況に一石を投じるべく、5月27日にあかべぇそふとつぅから発売された「置き場がない!」(リンク先18禁注意)でアクティベーション認証を導入していた(*3)。
が、同ソフトの少なくとも発売直後にはアクティベーション回避パッチなるものが出回っていたようだ。
上記のように、現状でエロゲのプロテクトは有効に機能しているとはとてもじゃないが言い難い。
エロゲのオンラインゲーム化は技術的に可能か
大半のエロゲはノベル形式のゲームになっているので、ゲームエンジン・システム的にはオンラインゲーム化はしやすいと思う。
ノベル形式はほかのゲームに比べてシステムが単純なので、HTML5+クラウドでゲームエンジンを制作し、HTML5対応ウェブブラウザでプレイするということもたぶん可能だろう(*4)。
オンラインゲームだとセーブデータもネット上に保存するため、複数のマシンでプレイが可能になるのもユーザーにとっては意外とメリットが大きいように思う。
また、ウェブブラウザ型の場合はエロゲでは今までほとんど果たされなかったクロスプラットフォームが実現できる(*5)。
エロゲは意外と操作レスポンスの良さを求められるのでそれをどこまで実現できるかが課題だろう。
ある程度の操作レスポンスの良さを実現するために、サーバはレイテンシの少ない日本国内がいいかもしれない。
HTML5のローカルストレージ機能をうまく使い、あらかじめデータをダウンロードしてキャッシュするようにしておけば、多少サーバのレイテンシが遅くても十分に逃げられる気もするが。
加えて、オンラインゲームだと、特に演出の高速スキップで速度を出すのが難しそうな気がする。
一般的にスキップモードだと声は再生しないものの画像と文字は高速に進んでいくので、文字と画像をダウンロードし続ける必要があるので、そのあたりは回線がボトルネックになりそうである。
既存エロゲのオンラインゲームの移植
エロゲのオンラインゲーム化は、エロゲメーカーの規模では開発が難しいので、実現するとしたらおそらくは統一プラットフォーム(もしくは少数のプラットフォーム)になっていくのではないかと思う。
エロゲのオンラインプラットフォームの運営やら課金やらを請け負う組織があり、そのプラットフォーム上で各エロゲメーカーがゲームを開発・発売していくというモデルになるのだろう。
そのような形態の場合、プラットフォームのスタートアップにはある程度の既存エロゲをラインナップとして用意する必要があるし、メーカーにプラットフォームの利用を促すためにも既存のエロゲの移植のしやすさは必須であろう。
たいていのエロゲのゲームシステム自体はシンプルでかつ比較的似通ったものであるために、業界でゲームエンジンの淘汰が進んでごく少数のエンジンが使われていそうな気がするが、実態はわりと逆でシステムがシンプルで作りやすいことからメーカーごとに自前でエンジンを持っていたりするのが実情である。
メーカー内製の仕様非公開なエンジンが多いために、コンバーターをプラットフォーム側で用意して移植をするというのは厳しそうである。
ノベルベームに限れば、仕様がわりと単調なのでメーカーに手動で移植してもらっても大してコストはかからないのかもしれないが。
とりあえず仕様やらコードが公開されているノベルゲームのゲームエンジンを下記に列挙しておく。
- NScripter オフィシャルサイト Wikipedia
一時期は自社でゲームエンジンを持たないメーカーがよく採用していたが、最近ではあまり見ないような気がする。 - 吉里吉里2 オフィシャルサイト Wikipedia
最近ではNScripterに比べてこちらのほうがよく見かけるようだ。オープンソース。 - System4 Wikipedia
アリスソフトのゲームエンジン。現在はアリスソフトからは非公開となっている。 - System3 Wikipedia
アリスソフトのゲームエンジン。現在はアリスソフトからは非公開となっている。 - Ren'Py オフィシャルサイト Wikipedia
海外で制作されたPythonベースのゲームエンジン。国内の商用で使用されているのは見たことがない。海外の同人ユーザーの間で使用されている模様。オープンソース。 - ToHart2のゲームエンジン
GPLに抵触しLeafがゲームエンジンのソースコードを公開することになったもの。汎用のゲームエンジンではない模様。
課金
課金形式はタイトルごとのコンテンツ課金方式が適切だろう。
おまけシナリオや追加シナリオの別途課金はありうるが、本シナリオのチャプターごとの課金はあまり受け入れられないように思う。
課金システム自体についてはPayPalなどのシステムを使えば足りるが、ユーザーにオンラインでの決済を受け入れてもらうのが難しい可能性がある。
この理由の1点目として、エロゲの購入履歴を一元管理されることへのユーザーの警戒があげられる。
この感覚は意外に根強いように思う(*6)。
2点目として、エロゲユーザーはパッケージ(ソフト・マニュアル・特典)を買うことになれていても、オンラインでのサービスを買うことになれていないことがあげられる。
配信日に決済したプレイヤーに特典を郵送するということなども考えられるが、既存のヘビーユーザーがこれで納得してくれるかは多少疑問が残る。あくまで印象的にだが。
小規模メーカー・同人
エロゲのオンライン化は、利益を追求しない同人や同人などから昇格した小規模メーカーにとって市場に参入しやすくなるためチャンスが広がる可能性がある。
まとめ
- エロゲのディスクプロテクトは現状で機能していない
- ノベルゲームならばウェブブラウザでのオンラインゲームでも実現可能だと思う
- 既存ゲームの移植のしやすさを担保するのは難しいかも。
- ユーザーがオンラインゲーム化に応じてくれるかは疑問。市場がある程度立ち上がってしまえば残りのユーザーは移行してくれるとは思うのだが。
- オンライン化は小規模メーカーや同人にとってチャンスになる可能性がある
最後に
私自身はエロゲは全くやらないので、上記はずれてるところがあるかもしれません。
*1 ディスクプロテクトは韓国SETTEC社のAlpha-ROMがもっとも使われていると思う。この手のプロテクトの採用はむしろPCの一般的なソフトに比べてもだいぶ早く、CD-ROMのディスクプロテクトが出始めた頃から採用している。
*2 ゲームごとに専用のプロテクト回避パッチだけでなく、Alpha-ROM汎用パッチなるものまであり、わりと汎用パッチでプロテクト回避可能とのことらしい。汎用パッチで回避できない場合でも専用パッチが配布されていたりしている模様。
*3 参考:漫画で分かる!アクティベーション
*4 HTML5に詳しいわけではないので本当に可能かは分からないが。音声のリアルタイム再生(リアルタイムといってもクリックと同期して再生開始する程度だが)とムービー再生あたりができれば、ほかは難しくないだろうとは思う。
*5 非WindowsユーザーがエロゲのためにWindowsマシンを保有している、というのもリアルで何度かみてますともええ。
*6 以前、エロゲの購入者リストが流出するという事件があった
コメント(1)
数年前だが、。オンラインの認証は、
ほんとに 18未満は購入していない?ッてところが重要なようで。。
数年前だったか統計取ったところがあったように思うが
オンライン化(認証)にしても、 売り上げが変わらないか
また、落ちる傾向にある(認証回避が数日後に出回る)
とのことがあったように思うが、、
ある程度の売り上げに対して、全体のエロゲ 実行者に対して、購入者は
売り上げ的に一定割合と結論付けられる結果となり
(2chのコメント、売り上げに関する部分や、売り上げのパッケージ数を見る限り)
オンラインに使用が、通常パッケージにして売ろうが変わらない結果となり
なにをやっても、市場は、拡大しなし、縮小しないことが判明
なので、 それでも パッケージ売り上げ以外を伸ばす方法を考える方向へ転換
て、いうのが結論だったと、認識しています。
まぁ、アニメ?、グッズなどに 傾向しているのはそのせいかと
でも、 いっても 新規の 購入者を得られない
小さな会社には、オンライン販売は、プラスで得られるようであるというのは
確かなようである(上記、オンライン、パッケージ関連より後の話)
(レビュー評価が、かなり効いているようで・・
と、いうのが、 最近の認識じゃないかなぁ でも 1,2年前くらい?・・
Twitter / 松尾琢磨(まつおたくま): 中途採用の書類選考中なう。印鑑を斜めに押してる人、写 ...
中途採用の書類選考中なう。印鑑を斜めに押してる人、写真を貼ってない人、貼ってあっても、まっすぐに切れてない人。。。この人たちは、本当に採用して欲しいと思ってるんだろうか??
約22時間前 webから
こういった形式的な礼儀に従わせようとさせることが、社会から競争力を削いでいるということになぜ気づかないのか。
履歴書の写真がまっすぐ切れていないことや印鑑が斜めなことと、仕事に必要な能力を持っていないことにはどう考えても相関はないし、そういう相関のないことに無駄なコストをかけさせようとすることこそが無駄だということを、なぜかこの社会は気づかないふりをする。
礼儀やマナーは完全に無視すべきだとは言わないが、この社会が課そうとするそれらは過剰であると言わざるを得ない。
そもそも履歴書に写真と印鑑が必要なのだろうか。
追記
知らなかったけど、印鑑って斜めに押した方が縁起いいらしい。
コメント(3)
先日、引用した部分の文章をそっくりそのまま自分の言葉のように言ってる人がいましたが、
社会に適合するということは表向きだけでも、こーいう風になることなんですかね・・・。
クリエイティブな仕事をしている人でも「技術なんて必要ない」とか平然と言ってしまう人がいて正直困惑してしまいましたよ。
むしろ、そういうことを思っても口に出さないのが社会に適合するということなのではないかという気がしないでも無い。
いまさら賢く生きれそうもないしなぁw
逆に表立って批判している人がいて、それにシンパシーを感じる人がいれば一つの社会として成立してると思うんですけどね。
たしかに僕の口からというより間接的な表現方法である方が正しいとは思いますが。
それはそれで誰かが誰かの口車に乗るって事になるのか。うーん。
話が脱線してますね。すみませんでした。
佐野眞一氏 『電子化により、誰もが表現可能に。底質な書籍が蔓延。出版文化の衰退に』
TBSの番組でジャーナリスト・ノンフィクション作家が上記のような発言をしたらしい(俺は見てないが)。
電子出版の出現により出版のハードルが下がることによって、相対的に低品質な書籍が増えるのはたぶん事実だろう。
けれども玉石混淆から玉を取り出すのがウェブの神髄である。
Googleなどの検索エンジンやAmazonなどのレコメンド(おすすめの本機能など)といった技術の方面でも、はてなブックマークなどのコミュニティの方面でも、ウェブは玉石混淆から玉を取り出すように普遍的に進化してきた。
書籍が電子化されて電子書籍が一般的になり、それらがウェブの上に乗ることで、紙の書籍に比べて我々が玉石混淆の書籍の中から玉にたどり着く可能性は圧倒的に増えるだろう。
電子書籍がどれだけ一般化しようとも、玉石混淆具合でいえば現状のウェブの方が品質の差が激しく、かつ数も段違いに多い。
そんな半端無い玉石混淆なウェブでの高品質なコンテンツの選別に成功しているのだから、電子書籍でのコンテンツ選別が可能になることは疑いようがない。
このあたりの議論はGoogle Book Searchが話題になり始めた2006年に出版された「ウェブ人間論」第3章が参考になりそう。
少し長いが引用する。
梅田 作品の存在を既に知っていて買うつもりでいた人がそういう情報に触れて「ネットで関連情報が豊富に読めるから、本間では買わなくてもいいや」と思うマイナスよりも、作品の存在を知らなかった人がそういう情報によって存在を知って本を買うというプラスの方が大きい思うんです。その認知度をリアルでカネに換えるという発想でいくべきだと思うんです。
たとえばグーグルがやろうとしているってことって、著作権で守られているものを無償で全部読めるようにライブラリーで提供しようなんていうことではなく、インデックス化しようとしているだけです。平野さんの作品でいえば、ドラクロワとショパンという単語をアンド検索すると、二人が登場人物の長編『葬送』のページばっかり出てくるようになるというイメージです。もしブックサーチと普通の検索が将来統合されるとすれば、今まではブログとかで適当なことが書かれている頁が上の方に来ていたけれど、検索結果の上から、ざーっと『葬送』の該当項目が並んできて、そこだけは読めるというふうになるはずです。そうすると、ドラクロアとショパンのことに興味を持っている人が、『葬送』という本の存在を知る。その時に千ページもあるものを、ネット上で読もうと思っても無理だから、ぜったい本屋に行きますよ。
平野 まあ、それはそうですね。
梅田 ドラクロワとショパンに興味にある人すべてが『葬送』を買ったわけではないでしょう。今まで『葬送』の存在を知らなかった人が検索によってそこに辿り着く。そうしたことが起こるということです。
平野 僕はちょっと誤解があったんですが、それは必ず一ページ単位での公開になるんですか?
梅田 著作権の切れた本は、既に無償でダウンロードできるようになりました。でも著作権が切れていない本については、検索結果に対して、限定的な「立ち読み」しかできない。それは間違いありません。ただ、一ページ単位での公開かどうかという細部は、グーグルと出版社の折り合いの付け方の問題ですから、これから煮詰まっていく問題です。
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ウェブ人間論とはつまり精神論のことなのだった!
激論だろうか。
webの可能性と人間生活への影響
底抜けな楽観主義の梅田と懐疑的な平野
ミスマッチがミスマッチのまま。。。コメント(3)
そもそも出版されてる書籍だって玉石混合じゃないか、とツッコミを入れたくなる発言ですね。佐野氏とやらは「自分の書籍は玉だ」と思ってるんでしょうけど。
間違えた。玉石混合と言ったのはHiranoさんだった。
ともあれ、今現在も巷に底質な出版物は溢れかえっておりますとも。
大して変わんないって。
つっこみまちなのかどうなのかが判断つきかねるところですが、
「玉石混合」 → 正しくは「玉石混淆(ぎょくせきこんこう)」
まぁワタクシもついさっきまで「玉石混合」だと思っていたクチなのですがw
それはさておき、底質な出版物がいっぱいあることには俺も同意しますが、むしろ俺がいいたいのは
・書籍が電子化され、ウェブ技術の上に乗ることでむしろ高品質な書籍へのアクセスがしやすくなる
・出版のハードルが下がることで、品質の高い出版物の絶対数が増える
ということですね。
これに付随して
・高品質な出版物のフィルタリングがウェブを通して可能になることで、むしろ出版のレベルが全体として上がる。高品質なものしか目にしなくなるため、低品質なものは駆逐されていく。
・出版のハードルが下がることで、いままで日の目を見なかった高度な人たちに日が当たるようになる
あたりでしょうか。
そして上記とは若干矛盾しますが、書籍くらい多様性のあるものだと、ある本の品質が高いか低いかの判断が人によって結構割れると思うので、一概に品質なんかで語れないのではと考えています。
たとえば「縞パン+ニーソックス+ゴム長靴でかつ上着は厚着」のエログラビア専門読本(詳細解説と権威による対談付き)なんてものが存在するとして、エロ本という意味で一概に低俗と判断されるけれど、もしかしたらその分かる人にしか分からない極めまくった高品質な出版物で、非常にニッチな層にずきゅんすぎて実は採算に乗るかもしれないじゃないか、ということです。
いや別に俺が「縞パン+ニーソックス+ゴム長靴でかつ上着は厚着」好きってことではないですよ。念のため。
Mac OSXのTwitterクライアント夜フクロウがバージョン2.07で多段RTを禁止するようになったことに対して、夜フクロウの1ユーザーがTwiiter上で夜フクロウ作者に対して多段RT禁止をやめさせようとして「(多段RTは)みんながやってる」だの「作って公開した瞬間に社会的責任が生じる」だの「問題を改善するのはユーザーの自由な意志」などといった言葉を用いて糾弾している。
フリーソフトに社会的責任なんかないよ! 1ミリたりとも無いよ!
無料で公開しているソフトウェアを作者がどのように作ろうが作者の自由だし、ユーザーの要望を取り入れないのも作者の自由だし、バグを放置し続けるのだって作者の自由だ。
ユーザーはそのソフトウェアが気に入らないのなら使わない自由はあるし、気に入らないなら自分でソフトウェア作る自由だってある(夜フクロウ自体、作者自身が既存のTwitterクライアントが気に入らないから作ったソフトウェアなのだろう)し、ソフトウェアを作る技術が自身にないのならば自身がお金を出してソフトウェアを作らせようとするのも自由だし、フリーソフトの作者に要望を言う自由だってあるのだろう。
けれど、作者にはユーザーの要望を聞かない自由だってある。
ご飯をおごってくれる人に対して「あなたは私においしいご飯をおごる社会的責任がある」なんて当然いわない。おごってくれたご飯がおいしくなかったとしてもそんなこといわない。
ご飯をおごられる側がそれを辞退するのは自由だし、「おごってくれたご飯がおいしくなかった」というのは自由だけれど(大半の場合それをいうのはほめられたものではないが)。
同じように、フリーソフトにだって社会的責任は伴わない。
仮にフリーソフトに社会的責任が伴うのならば、公開されているフリーソフトはいかなものであれ社会的責任を果たす(社会の役に立つなどの)ものでなければならなくなるし、社会環境が変わろうが常に社会的責任を果たせるようにソフトウェアを保守し続けなければならない(小さな規模のソフトウェアであれ、長期的に保守し続けようとするとかなりのコストがかかる)。
無料で公開しているフリーソフトにそんなものを求めるとしたらフリーソフトは成り立たないし、シェアウェアどころかパッケージソフトやWebサービスだって成り立たない。
そもそも何より「社会的責任」がどういうことなのかが明確に定義されていなければ、社会的責任を果たすソフトウェアを作ることはできない。
フリーソフトを公開しているWebサイトに広告を出したり、ソフトウェアに広告を埋め込むなどして作者は利益を得ているじゃないか、利益を得ているのならば社会的責任が伴うはずだ、という意見もあるのかもしれない。
その場合、作者は広告を出す側に対して責任は発生するのだろうが、そのフリーソフトのユーザーに対する責任は発生しないし、ましてや社会的責任なんぞ発生しない。
そして、現実的にはソフトウェアを作る技術を持つフリーソフト作者の大半にとって、広告はもうけにはならないばかりか、ソフトウェアの開発環境をそろえるのに投資した金額の穴埋めにだってなりはしない。
ソフトウェアを作る技術を持つのならば、フリーソフトの広告で稼ぐのに比べて、お金を取れるソフトウェア開発の仕事をした方が圧倒的にお金になる。
俺も俺が作ったフリーソフトの公開サイトに広告を出してみているけれど、平均して1日当たり3.5秒残業した方がお金になるくらいだw
ちなみに、俺のソフトウェアエンジニアとしての単価は相場に比べて結構低い...と思う。そんな俺の3.5秒分の価値しか広告からは収入を得ていない。
公開しているソフトが非常にニッチな分野なのでユーザーが限られることや、サイトにSEOとかしていないこともあって、広告で得られる収入が非常に少ないものになってはいるが、そこそこ有名なフリーソフトだって広告では利益にならないだろう。
広告が利益にならない以上、一般的にいってフリーソフトを作成し公開するモチベーションは金銭ではない。
仮にフリーソフトを作るモチベーションが金銭であり、投資した金額と時間に見合う利益を得られたとしても、公開したソフトウェアに責任は発生しない。
ましてや大半の作者にとって経済的合理性のないフリーソフトの作成と公開に責任を求めようとするのはどうにかしているとしか思えないのである。
まぁ、あれだ、@aki_nullさん(夜フクロウの中の人)ごくろうさまでした。
今、酒入ってます。どうでもいいけど。
俺が入社したあたりからお世話になっている先輩(同い年なんだけど)が、なんつーか遠くに転勤になるようなのでちょっと壮行会に行ってきた。
壮行会そのものはまぁ普通に壮行会だったので置いておくとして、今一緒に働いているリーダーやそのリーダーと同じ年代の人たちが席が近かったのでいろいろ話を聞いていた。
まぁ、端的に言ってものすごい不景気のようです。
うちの会社、おおざっぱに言うとソフトウェア技術者の本社への派遣みたいな感じになっているのだが(ソフトウェア専門の人たちを採り、育成するために親会社から別会社として設立した会社だと個人的には認識しているが)、何というか今単価がものすごいことになっている模様。
グループ内での人のやりとりなので外注するのに比べてかなり安い単価なのは当然なのだが、それを差し引いても「そりゃねぇだろ」って額なようだ。
俺自身はずっと技術一本できているので、現場でせこせこ仕様書書いたりコード書いたりテスト仕様書書いたりしているだけで、自分自身の単価とかは知らないし、給料さえ出ていればその辺は実のところわりとどうでもいい。
なので、人月換算の単価の相場がいくらとか、どれくらいの単価を設定すれば組織として黒字が達成できるのかなんてのはあまり想像がつかないのだけれど、そんな俺ですら今の単価を聞いた瞬間に「そりゃねぇわ」と思うような額。
この不景気の中にもほかの仕事探した方がいいかもしれん。むしろ、そういう意識の人は俺が思っていたよりもずっと多いなと言うのが今回の壮行会の印象だった。
転職組の先輩曰く「前の会社がつぶれる前はこんな雰囲気だった」だって。正直笑えた。
不景気っていやですねー。
俺自身、今抱えるものが全くない...俺の働く唯一の理由にしてかつ働き始めてからずっと懸念だった奨学金の返済も明日終わる今、何がどうなってもわりとどうでもいい状況だし、努めて自分をそういう状態に常に置いておくようにしていたってこともあるので、こう別に何がどうなってもどうでもいいやくらいの完全に人ごと状態でそんな話を聞いていた。
もしかしたら俺、今年こそ夢のニートになれるかもしれん。
個人的なことはさておくにしても、話を聞いているとどうも俺と同じくらいに社会に出た人たちって、ちょっと上の年代に比べてもずっと自己防衛しているなという感覚がある。
俺と同じ年齢だけど、社会に出たのが早かった人たちと比べても、こう、なんというか、状況に対してドライだし、多少のことがあっても問題ないくらいに状況をそろえているように見える。見えるだけかもしれないけど。
でも、同期(そこそこの人数がおり、大半が未だ退職していない)のほとんどが結婚適齢期ともいえる年齢なのに、結婚したという話を全然聞かないことも、もしかしたらそういうのも関係しているのではないかと何とはなしに思う。
昨年度の業務評価実施のため、チームのリーダーと面談。
そのリーダーとは前のプロジェクトでも一緒だった時期があり、お互いの仕事に対する姿勢や人となりなんかもそれなりに知っている。
なので、俺が自分で考えているよい点・改善すべき点とリーダーの考えるそれもさして齟齬がないこともあって、面談そのものはそつなく終了。
リーダーとは昨年の業務の忙しさもやばさも共有しているため、まぁあの状況ならそんなもんでないの的な感じだった。
で、今後自分のキャリアをどうしたいかなんて話になり、リーダー曰く
「欲は大事よ。たとえばだけど、お金が欲しいとか、出世したいとか、知識欲とか、そういうもので今後自分がどうしたいかと言うことが見えてくるので自分の欲を認識して、そこから今後のキャリアとかを考えて欲しい。平野君(俺)は自己評価をだいぶ低くつけているけれど、アメリカンな感じで自分をアピールすることも覚えてもいいのかな。状況からいって(昨年の業務のできに)満足してないのも分かるし、シニカルな感じで自己評価が低いのは個人的には好きだし、そういうのも見てリーダーとしての評価をつけるわけだけれども、自己評価の低さにひっぱられて(組織から見た)評価が上がらないこともあるしね。」
とのこと。
欲という言葉を軸にこういうことを言うあたりが、リーダーやり手だなとは思いながらも聞いていた。
一般的に技術職の人間はあまりこういうことを口に出して言わなんだけどね。
とはいえ、こういう考え方があまり自分になじまないのも事実。
欲なんてものは、自分に足りていないと認識しているものか、面白いと思うものにしか働かないと個人的には考えている。
車が欲しいとか、結婚するだとか、家を買うとかで、お金が足りていないのであればお金が欲しいと思うのだろうし、仕事をする上での能力が足りなければその能力を獲得したいと思うのだろう。
けれど、自分の今の生活はそれなりに回っているし、仕事で必要な技術なんかも必要十分とは思わないまでも、たいてい短期的なキャッチアップだけでこなせてしまっているだけに、こう何というか欠乏感みたいなものがあまりない。
物欲なんかはそれなりにある方だとは思うけれど、手に入るお金に対して無理のあるものを欲しいとも最近は思わない。
今欲しいものって言ってもせいぜいワークステーションクラスのPCくらいで、買おうと思えば今すぐに買える程度の値段でしかない。
そして最悪なことに、知識欲すらも最近ではめんどくささの方が先に立つありさまである。
俺にとっての知識欲は自己満足で完結するもののため、それを満たすには書籍(どんなに高くても1万円程度だ)やプログラミングツール(最近では無料で手に入るものが多く品質も高い)と時間があればわりと足りてしまう。この点でもあまり欠乏感はないし、自分の将来やキャリアと結びつけて考えるようなものでもない。
この1年で欲らしきものがだいぶ減ったことを如実に感じており、何がしたいとかどうなりたいとかいう感覚がめっきり無くなった。自分をドライブできるほどに欲もなければ野望もない。
だからこそ、今後どうするかということやキャリアについてのことを真剣に考えられなくなったと思うことは多い。
これは社会人としてはかなりやばい状況じゃないかという危機感はあるのだけれど、そのために欲を持つようにするというのもおかしな話だ。
そもそも俺自身、「キャリア」という考え方を採用していない。
たとえば世界に通用するような一流の技術者になる課程を考えるとする。
「キャリア」という考えたかにそうならば、「世界に通用する一流の技術者になりたい」と思い、それに向けて戦略を立ててそれにそって行動していくことで世界に通用する一流の技術者に近づいていく。
しかし俺の世界観から言うと、目の前にある仕事なりをそのときに出来る範囲で徹底的にやって、その結果を積み重ねていった先に単に「世界に通用する一流の技術者」と呼ばれるようになったというだけに過ぎない。
別に「世界に通用する技術者になりたい」と考えていたわけでも、そうなるよう行動したわけでもなく、単に遭遇した状況に対して持てるだけの力を使ったというだけの先にあるだけのことだし、状況がそうなる方向に動いただけのことであるという認識である。
キャリアを考えて戦略的に行動することを俺は否定しないし、そういう人は好ましいと思う。けれども、自分にとってはそうじゃないというだけだ。
俺にとって物事は「あるようにある」というだけのことである。「なるようにしかならない」ともいえるけれど。
やるべきこともやりたいこともそんなにないし、それなりに生活ができてしまっている人間はこの先どのように生きていくべきなのだろうか。
仮にお金が欲しいのでそれに向けて勉強をしたいと思うのなら、勝間和代著「無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法」(持ってるけど読んだこと無いわ)なんかを読んで指針にするなりモチベーションアップを図ってみたりなんてこともできるのだろう。
けれど、そうじゃない人にとってどう生きるべきかといった提言というのはあまり見当たらないし、あったとしても宗教や哲学に類しそうな内容だったり、シニカルなものだったりするので、それはそれで面白いのだけれども、当人にとって解決にはなり得るようなものではないと思う。
別段このまま生きていけるのならばそう生きていけばいいのだろうけど、社会状況をから見てそういうわけにもいかないだろう。
さて、どうしたものだろうか。
ディスカヴァー・トゥエンティワン
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タイトルを誇張しすぎ
無理あります。
半ば強制的に続く(勉強の)仕組み」を作りなさい
勝間ブーム終焉の予感
勉強のための実践的な技術が詰まっています。コメント(2)
Urarojiさんの年齢で仕事がそれなりに安定していて、物欲的にもそれなりに満たされている場合、次に来るのは普通なら「家族」「伴侶」じゃないですか?
いや、揶揄してるわけではなくて、「家族」や「伴侶」を持つには自信というか、ある程度余裕って必要だと思うんですよね。仕事がそれなりに上手く廻ってないとそんな余裕は生まれないし。
…私やyamada39さんのかってのボヤキは、嘘ではないけど面白おかしく誇張してる部分があるので、話半分にどうぞ。
その「次にくる」何かを欲する感覚がまるっきり欠落しているそのものが問題なんですけどね…。
別に生きていけてるし、このままでいいとは思いませんけど、こう何というか…。
プログラミング出来る人って脳味噌の構造がちょっと違う気がする 数学好きとか多いし:アルファルファモザイク
5 ガスクロマトグラフィー(アラバマ州):2010/04/09(金) 21:31:36.03 ID:PBtDVSBE
ポインタで躓くのは馬鹿だからじゃない
解説書が糞だからだ
俺が思うに、プログラミング能力は学習すれば誰もが身につけられる能力ではなく、明らかに才能の領域だと思う。
どれだけ勉強しても身につかないとまでは言わないけれど、個々人によって明らかに学習曲線に差がある。
プログラマとしてそれなりに仕事をしてきた人であっても、C言語におけるポインタもしくはポインタに類する概念を理解できていなかったりすることもままあるし、値渡しと参照渡しの違いが分かっていないなと思うこともそれなりにはある。
このあたりの概念が獲得できるかどうかは、プログラミングの経験とはあまり相関がないようだ。
オブジェクト指向の概念の獲得についても同様である。
その人が最低限の能力を持つプログラマかどうかを判別する手法に、「Fizz-Buzz問題」が解けるかというのがある。
Fizz-Buzz問題は以下の通り。
1から100までの数をプリントするプログラムを書け。ただし3の倍数のときは数の代わりに「Fizz」と、5の倍数のときは「Buzz」とプリントし、 3と5両方の倍数の場合には「FizzBuzz」とプリントすること。
ちゃんとしたプログラマなら間違っても5分かからずに解答できる問題だし、問題を聞いた瞬間にコードが頭に思い浮かぶくらいの簡単な問題だ。
C言語の初学者(C言語に限らずだけど)でも十分に解けるレベルだ。
さすがに俺がプログラムでご飯を食べるようになってからはこの問題が解けないんじゃないかというレベルの人間には出会ったことはないが、このレベルの問題に近いところでうなってコードを書いているというのは正直なところ何度か見かけたことがある。
そういうのを見ると、プログラミング能力というのはその人の経験、数学力、そして多分頭の良さにすら相関が無い、わりと純粋な才能の領域なんじゃないかと思う。




研究者と学生、社会人の違いってのが、
いまいち、私には、分からないのだが、そのあたりどう思います?
基礎知識や問題解決に対するアプローチのやり方を学ぶなら 学生?
それを用いて、自分から 問題に対して、挑むなら 研究者?
社会人でも、問題に挑んでいくなら、研究者になるのか・・・、学んでたら学生?
研究者と学生、社会人の違いがいまいち、分からない気がするんですよね。。
ただ単に、時間の使い方が違うだけなら、全部同じ気がする、考え方次第では、なんでもなれんじゃないの?
でも、 人間楽したいからねぁ・・・ 考えたくねぇ だらっとしたいし、、
一般的な言葉の用途でいって、学生と社会人は対立するが研究者と社会人は対立しない…というよりも研究者も社会人だろうとは思う。
言葉の用途。。
最近、議論するうえで、
よく 相手が言っていること、ずれることが良くあって、
なんだろうか、言葉の内容を、とりあえず、確認 または、意思疎通のため
定義しなおす必要があようで、
で、 何の議論だっけ、見たいなことになりかねないからなぁ。
社会人といっているのは、社会にかかわるということなのか?
では、社会にかかわるとは、なんなのか、
まぁ 金を稼ぐとか、金になるような物にかかわるとかか、、