Mac OSXのTwitterクライアント夜フクロウがバージョン2.07で多段RTを禁止するようになったことに対して、夜フクロウの1ユーザーがTwiiter上で夜フクロウ作者に対して多段RT禁止をやめさせようとして「(多段RTは)みんながやってる」だの「作って公開した瞬間に社会的責任が生じる」だの「問題を改善するのはユーザーの自由な意志」などといった言葉を用いて糾弾している。
フリーソフトに社会的責任なんかないよ! 1ミリたりとも無いよ!
無料で公開しているソフトウェアを作者がどのように作ろうが作者の自由だし、ユーザーの要望を取り入れないのも作者の自由だし、バグを放置し続けるのだって作者の自由だ。
ユーザーはそのソフトウェアが気に入らないのなら使わない自由はあるし、気に入らないなら自分でソフトウェア作る自由だってある(夜フクロウ自体、作者自身が既存のTwitterクライアントが気に入らないから作ったソフトウェアなのだろう)し、ソフトウェアを作る技術が自身にないのならば自身がお金を出してソフトウェアを作らせようとするのも自由だし、フリーソフトの作者に要望を言う自由だってあるのだろう。
けれど、作者にはユーザーの要望を聞かない自由だってある。
ご飯をおごってくれる人に対して「あなたは私においしいご飯をおごる社会的責任がある」なんて当然いわない。おごってくれたご飯がおいしくなかったとしてもそんなこといわない。
ご飯をおごられる側がそれを辞退するのは自由だし、「おごってくれたご飯がおいしくなかった」というのは自由だけれど(大半の場合それをいうのはほめられたものではないが)。
同じように、フリーソフトにだって社会的責任は伴わない。
仮にフリーソフトに社会的責任が伴うのならば、公開されているフリーソフトはいかなものであれ社会的責任を果たす(社会の役に立つなどの)ものでなければならなくなるし、社会環境が変わろうが常に社会的責任を果たせるようにソフトウェアを保守し続けなければならない(小さな規模のソフトウェアであれ、長期的に保守し続けようとするとかなりのコストがかかる)。
無料で公開しているフリーソフトにそんなものを求めるとしたらフリーソフトは成り立たないし、シェアウェアどころかパッケージソフトやWebサービスだって成り立たない。
そもそも何より「社会的責任」がどういうことなのかが明確に定義されていなければ、社会的責任を果たすソフトウェアを作ることはできない。
フリーソフトを公開しているWebサイトに広告を出したり、ソフトウェアに広告を埋め込むなどして作者は利益を得ているじゃないか、利益を得ているのならば社会的責任が伴うはずだ、という意見もあるのかもしれない。
その場合、作者は広告を出す側に対して責任は発生するのだろうが、そのフリーソフトのユーザーに対する責任は発生しないし、ましてや社会的責任なんぞ発生しない。
そして、現実的にはソフトウェアを作る技術を持つフリーソフト作者の大半にとって、広告はもうけにはならないばかりか、ソフトウェアの開発環境をそろえるのに投資した金額の穴埋めにだってなりはしない。
ソフトウェアを作る技術を持つのならば、フリーソフトの広告で稼ぐのに比べて、お金を取れるソフトウェア開発の仕事をした方が圧倒的にお金になる。
俺も俺が作ったフリーソフトの公開サイトに広告を出してみているけれど、平均して1日当たり3.5秒残業した方がお金になるくらいだw
ちなみに、俺のソフトウェアエンジニアとしての単価は相場に比べて結構低い…と思う。そんな俺の3.5秒分の価値しか広告からは収入を得ていない。
公開しているソフトが非常にニッチな分野なのでユーザーが限られることや、サイトにSEOとかしていないこともあって、広告で得られる収入が非常に少ないものになってはいるが、そこそこ有名なフリーソフトだって広告では利益にならないだろう。
広告が利益にならない以上、一般的にいってフリーソフトを作成し公開するモチベーションは金銭ではない。
仮にフリーソフトを作るモチベーションが金銭であり、投資した金額と時間に見合う利益を得られたとしても、公開したソフトウェアに責任は発生しない。
ましてや大半の作者にとって経済的合理性のないフリーソフトの作成と公開に責任を求めようとするのはどうにかしているとしか思えないのである。
まぁ、あれだ、@aki_nullさん(夜フクロウの中の人)ごくろうさまでした。