玉石混淆から玉を取り出すのがウェブの神髄:佐野眞一氏 『電子化により、誰もが表現可能に。底質な書籍が蔓延。出版文化の衰退に』


佐野眞一氏 『電子化により、誰もが表現可能に。底質な書籍が蔓延。出版文化の衰退に』

TBSの番組でジャーナリスト・ノンフィクション作家が上記のような発言をしたらしい(俺は見てないが)。

電子出版の出現により出版のハードルが下がることによって、相対的に低品質な書籍が増えるのはたぶん事実だろう。
けれども玉石混淆から玉を取り出すのがウェブの神髄である。
Googleなどの検索エンジンやAmazonなどのレコメンド(おすすめの本機能など)といった技術の方面でも、はてなブックマークなどのコミュニティの方面でも、ウェブは玉石混淆から玉を取り出すように普遍的に進化してきた。
書籍が電子化されて電子書籍が一般的になり、それらがウェブの上に乗ることで、紙の書籍に比べて我々が玉石混淆の書籍の中から玉にたどり着く可能性は圧倒的に増えるだろう。
電子書籍がどれだけ一般化しようとも、玉石混淆具合でいえば現状のウェブの方が品質の差が激しく、かつ数も段違いに多い。
そんな半端無い玉石混淆なウェブでの高品質なコンテンツの選別に成功しているのだから、電子書籍でのコンテンツ選別が可能になることは疑いようがない。

このあたりの議論はGoogle Book Searchが話題になり始めた2006年に出版された「ウェブ人間論」第3章が参考になりそう。
少し長いが引用する。

梅田 作品の存在を既に知っていて買うつもりでいた人がそういう情報に触れて「ネットで関連情報が豊富に読めるから、本間では買わなくてもいいや」と思うマイナスよりも、作品の存在を知らなかった人がそういう情報によって存在を知って本を買うというプラスの方が大きい思うんです。その認知度をリアルでカネに換えるという発想でいくべきだと思うんです。
 たとえばグーグルがやろうとしているってことって、著作権で守られているものを無償で全部読めるようにライブラリーで提供しようなんていうことではなく、インデックス化しようとしているだけです。平野さんの作品でいえば、ドラクロワとショパンという単語をアンド検索すると、二人が登場人物の長編『葬送』のページばっかり出てくるようになるというイメージです。もしブックサーチと普通の検索が将来統合されるとすれば、今まではブログとかで適当なことが書かれている頁が上の方に来ていたけれど、検索結果の上から、ざーっと『葬送』の該当項目が並んできて、そこだけは読めるというふうになるはずです。そうすると、ドラクロアとショパンのことに興味を持っている人が、『葬送』という本の存在を知る。その時に千ページもあるものを、ネット上で読もうと思っても無理だから、ぜったい本屋に行きますよ。
平野 まあ、それはそうですね。
梅田 ドラクロワとショパンに興味にある人すべてが『葬送』を買ったわけではないでしょう。今まで『葬送』の存在を知らなかった人が検索によってそこに辿り着く。そうしたことが起こるということです。
平野 僕はちょっと誤解があったんですが、それは必ず一ページ単位での公開になるんですか?
梅田 著作権の切れた本は、既に無償でダウンロードできるようになりました。でも著作権が切れていない本については、検索結果に対して、限定的な「立ち読み」しかできない。それは間違いありません。ただ、一ページ単位での公開かどうかという細部は、グーグルと出版社の折り合いの付け方の問題ですから、これから煮詰まっていく問題です。

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3 ウェブ人間論とはつまり精神論のことなのだった!
5 激論だろうか。
4 webの可能性と人間生活への影響
5 底抜けな楽観主義の梅田と懐疑的な平野
2 ミスマッチがミスマッチのまま。。。

3 thoughts on “玉石混淆から玉を取り出すのがウェブの神髄:佐野眞一氏 『電子化により、誰もが表現可能に。底質な書籍が蔓延。出版文化の衰退に』

  1. そもそも出版されてる書籍だって玉石混合じゃないか、とツッコミを入れたくなる発言ですね。佐野氏とやらは「自分の書籍は玉だ」と思ってるんでしょうけど。

  2. 間違えた。玉石混合と言ったのはHiranoさんだった。
    ともあれ、今現在も巷に底質な出版物は溢れかえっておりますとも。
    大して変わんないって。

  3. つっこみまちなのかどうなのかが判断つきかねるところですが、
    「玉石混合」 → 正しくは「玉石混淆(ぎょくせきこんこう)」
    まぁワタクシもついさっきまで「玉石混合」だと思っていたクチなのですがw
    それはさておき、底質な出版物がいっぱいあることには俺も同意しますが、むしろ俺がいいたいのは
    ・書籍が電子化され、ウェブ技術の上に乗ることでむしろ高品質な書籍へのアクセスがしやすくなる
    ・出版のハードルが下がることで、品質の高い出版物の絶対数が増える
    ということですね。
    これに付随して
    ・高品質な出版物のフィルタリングがウェブを通して可能になることで、むしろ出版のレベルが全体として上がる。高品質なものしか目にしなくなるため、低品質なものは駆逐されていく。
    ・出版のハードルが下がることで、いままで日の目を見なかった高度な人たちに日が当たるようになる
    あたりでしょうか。
    そして上記とは若干矛盾しますが、書籍くらい多様性のあるものだと、ある本の品質が高いか低いかの判断が人によって結構割れると思うので、一概に品質なんかで語れないのではと考えています。
    たとえば「縞パン+ニーソックス+ゴム長靴でかつ上着は厚着」のエログラビア専門読本(詳細解説と権威による対談付き)なんてものが存在するとして、エロ本という意味で一概に低俗と判断されるけれど、もしかしたらその分かる人にしか分からない極めまくった高品質な出版物で、非常にニッチな層にずきゅんすぎて実は採算に乗るかもしれないじゃないか、ということです。
    いや別に俺が「縞パン+ニーソックス+ゴム長靴でかつ上着は厚着」好きってことではないですよ。念のため。