Togetter – 「何で「研究したくない人」が大学院に来ているのか,まとめ」
かくいう私も研究者を目指していないにもかかわらず大学院に進学しちゃったくちなのですが。
そんな私が思うに、大学で専門の勉強をしてみると「まだまだ自分の知らないことがたくさんあるのが分かるし、自分でもそれら領域に手が届かなくもないんじゃないか」と思う矢先に、社会に出て勉強をあきらめるか院試を受けるかどうかの選択肢が提示されたら大学院を選択しちゃう人も多いでしょってことだと思う。
加えて、博士になるなら研究者を目指す以外の合理的な選択肢というのはほぼ存在しないが、修士くらいならば研究者を目指していない人もいることを教員側は分かっているし、分野によっては修士を取っておいた方が就職にも有利であったりと研究者を目指す以外でも院への進学に対する一定の合理性もある。
そういう訳で個人的には、研究者を目指さないまでも向学心にあふれる人に対して少なくとも修士への道は閉ざすべきではないとは思う。
事実、修士の2年間で身につけた基礎知識や問題解決に対するアプローチのやり方なんかは、今になっても生きている。
まぁ、いかにも2年間モラトリアムを延長しましたみたいなのもいっぱいいたりするので、私ですらやってらんねーなと思うことは多かったけれど。
研究者と学生、社会人の違いってのが、
いまいち、私には、分からないのだが、そのあたりどう思います?
基礎知識や問題解決に対するアプローチのやり方を学ぶなら 学生?
それを用いて、自分から 問題に対して、挑むなら 研究者?
社会人でも、問題に挑んでいくなら、研究者になるのか・・・、学んでたら学生?
研究者と学生、社会人の違いがいまいち、分からない気がするんですよね。。
ただ単に、時間の使い方が違うだけなら、全部同じ気がする、考え方次第では、なんでもなれんじゃないの?
でも、 人間楽したいからねぁ・・・ 考えたくねぇ だらっとしたいし、、
一般的な言葉の用途でいって、学生と社会人は対立するが研究者と社会人は対立しない…というよりも研究者も社会人だろうとは思う。
言葉の用途。。
最近、議論するうえで、
よく 相手が言っていること、ずれることが良くあって、
なんだろうか、言葉の内容を、とりあえず、確認 または、意思疎通のため
定義しなおす必要があようで、
で、 何の議論だっけ、見たいなことになりかねないからなぁ。
社会人といっているのは、社会にかかわるということなのか?
では、社会にかかわるとは、なんなのか、
まぁ 金を稼ぐとか、金になるような物にかかわるとかか、、